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 かつてクオーツ時計の開発で世界を席巻し、日本の精密加工技術を牽引してきた長野県諏訪・塩尻エリア 。その地を拠点とするセイコーエプソン株式会社で、若くして高級時計の組立部門「匠工房」に抜擢され、現在は後進の育成に情熱を注ぐ一人の時計修理技能士がいます 。 彼の名は、中野祐希氏 。2012年に長野県で開催された技能五輪全国大会での「時計修理」職種復活とともにめざましい飛躍を遂げた中野氏は、電子化やAI化が極限まで進む現代において、「人の手」にしか生み出せない美しさと品質を追求し続けています 。 エプソンのDNAである「省・小・精」の精神はいかにして受け継がれていくのか 。ミクロの世界で繰り広げられる人間と機械の対話、そして次世代の技能者育成にかける切実な思いに迫ります 。

「絶対に金メダル」——伝説の重圧と、現場の温かい声援

私がエプソンに入社したのは2010年のことです 。最初の配属先は、技能五輪の選手を育成するための通称「技能道場」でした 。実を言うと、入社する前は極端な時計マニアというわけではありませんでした 。しかし、入社時の新人研修で時計の分解と組み立てを初めて体験した際、無数の小さな部品が精密に組み合わさって時を刻む姿に、「これは面白いな」と理屈抜きで感動したのを鮮明に覚えています 。

ちょうどその頃、2012年の技能五輪長野大会で、長らく途絶えていた「時計修理」職種が復活するという話が持ち上がりました 。研修での強い高揚感もあり、新人の中から候補選手を募るという呼びかけに、私は迷わず手を挙げました 。 そこから大会本番までの丸2年間は、まさに時計漬けの試練の日々でした 。私たちが背負っていたプレッシャーは、単なる「大会出場」という枠を遥かに超えるものでした 。なぜなら、エプソンの前身企業には、かつて技能五輪の世界大会で5連覇という偉業を成し遂げた歴史があったからです 。あまりに日本の技術が圧倒的で勝ちすぎたために、世界大会の競技種目から一時消滅してしまったという伝説が語り継がれているほどです 。

  

「復活するからには、絶対に金メダルを取らなければならない」 。 会社全体からの大きな期待と、かつて世界を制した先輩たちの偉大な足跡 。当時まだ若かった私にとって、その重圧は想像を絶するものでした 。指導員の厳しい言葉の意味が理解できず、自分の技術が思うように向上しないもどかしさに苦しんだ時期もあります 。それでも私が逃げ出さずに訓練を続けられたのは、現場実習で関わった多くの生産現場の社員の方々が、「頑張ってね」と温かい応援の言葉をかけてくれたからです 。周囲の期待に応えたい、その思いが、私の技能者としての揺るぎない原点となりました 。

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「匠工房」への異例の抜擢と、真の品質への目覚め

技能五輪という大きな試練を終えた後、私は「匠工房」という社内でも特別な部署に配属されました 。ここは、エプソンが誇る高級時計のムーブメントから外装の組み立てに至るまで、すべての工程を熟練の手作業で行う心臓部です 。通常であれば、他の部署で何年も経験を積んだベテラン社員だけが足を踏み入れることを許される場所ですが、技能五輪の厳しい訓練で培った高い集中力と基礎技能が評価され、異例の早さで配属されることになったのです 。

五輪を戦い抜いたことで、自分なりに技術への自信は持っていました 。しかし、配属されてすぐに、競技としての時計修理と、お客様にお届けする「製品づくり」との間にある決定的な違いを思い知らされることになります 。 技能五輪の競技においては、いかに決められた時間内で速く、そして正確に動く状態に仕上げるかが勝負の分かれ目となります 。しかし、高級時計の世界では、それらの機能的要件を満たすことは大前提であり、そこに「極限の美しさ」が求められるのです 。

顕微鏡で覗き込まなければ到底見えないような微細な傷、肉眼では捉えきれないわずかな埃、部品の表面の曇りすら許されません 。お客様は、決して安くはない対価を支払い、その時計を人生のパートナーとして、一生ものとして毎日身につけるのです 。 「お前は、これを本当にお客様に渡せるのか?」 。 先輩からのこの厳しい問いかけに、私は自分の品質に対する認識の甘さを痛感しました 。機能的に全く問題なく時を刻んでいたとしても、見た目が美しくなければ、それはエプソンの商品とは呼べません 。この「品質と美意識への厳しい目線」こそが、匠工房での約10年間にわたる経験の中で私が学んだ、最も重要な「技」であると確信しています 。現在、私は指導員として若手を育成する立場にありますが、単にマニュアル通りに時計を組めるようになることよりも、「お客様がこの時計を見た時にどう感じるか」という高い美意識の基準を彼らの心に植え付けることを、何よりも大切にして指導にあたっています 。

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 指先に宿る記憶と、相棒としての「道具」への執念

時計の組み立てという作業は、数百点にも及ぶ微細な部品たちとの緻密な対話です 。長年この仕事に向き合っていると、わざわざ設計図を見直さなくても、一つひとつの部品の複雑な形状や、それらがどう噛み合わせられるかが、すべて頭の中に完全に入っています 。もっと正確に言えば、頭で論理的に考えるよりも先に、長年の修練によって記憶が染み付いた指先が勝手に動いていくような感覚です 。

不具合が生じた時計を前にした時のトラブルシューティングも同様です 。「どこが悪いのか」という原因は、外から目視しただけでは分からないことがほとんどです 。しかし、部品に触れた時のわずかな違和感、感触、音、挙動の乱れなどから、まるで難解な「意地悪クイズ」の答えを探し出すかのように、原因の箇所をピンポイントで特定していきます 。そして、息絶えたように動かなかった時計が、自分の手によって再び正確な時を刻み始めた瞬間の喜びは、何度経験しても何にも代えがたい大きな達成感をもたらしてくれます 。

そんな繊細な仕事を根底で支えてくれるのが、長年使い込み、深い愛着のある道具たちです 。特にピンセットは、単なる工具ではなく、自分の指の延長線と言っても過言ではありません 。 匠工房で働く職人たちは皆、自分の感覚に最もフィットするように、ピンセットの先端を自ら研ぎ澄まし、バネの反発の強さを微調整して完全にカスタマイズしています 。以前、地域の小学生向けに開催した時計の組み立て教室で、うっかり自分のピンセットを置き忘れてしまい、他の人のものを借りて作業をしたことがありました 。しかし、驚くほどまったく仕事になりませんでした 。手にした時の重さ、金属のしなり具合、先端が部品に触れた時の食いつき感 。そのすべてが自分の身体感覚と完璧にリンクしていなければ、あのミクロのシビアな世界では全く通用しないのです 。道具に対するこの執念とも言えるこだわりは、私たち職人のプライドそのものなのです 。

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「感覚」を言葉にする葛藤と、AI時代における人間の価値

現在、私は指導員として、かつての自分と同じように技能五輪を目指して汗を流す若手選手たちの育成や、地元の小中学生に向けた時計組み立ての体験教室などを担当しています 。 そこで今、私が直面している最大の壁が、「感覚の言語化」という難題です 。 「あそこでグッと力を入れるんだよ」「ここはスッと抜くんだ」といった、自分が長年の経験の中で身体で覚えてきた「コツ」を、まだ経験の浅い若い選手にどうすれば正確な言葉として伝えられるのか 。自分が手本として実際にやってみせるのは簡単ですが、それでは彼ら自身の確かな技術には昇華されません 。的確な言葉を選んで伝えたつもりでも、相手には全く違うニュアンスで受け取られてしまうことも多々あります 。毎日が試行錯誤の連続ですが、この「技術を言葉にして伝える」という泥臭いプロセスこそが、次の世代のエプソンを創り上げていくのだと信じて、真正面から取り組んでいます 。

 また、社内での技能育成にとどまらず、国家資格である「技能検定」の普及にももっと力を入れていきたいと強く考えています 。時計業界全体を見渡すと、残念ながら検定の受験者は減少傾向にあります 。しかし、確かな資格と技術を持つ技能者が増えることは、業界全体のレベルの底上げに直結します 。会社や職種の垣根を超え、時計づくりに関わるすべての人が切磋琢磨し、技能を磨き合える豊かな環境を作りたい 。それがひいては、日本の時計という素晴らしい文化を守り抜くことに繋がると信じているからです 。 

 今、世の中はAI技術や機械による自動化が猛烈なスピードで進展しています 。しかし、私はだからこそ、我々「人の手」が介在することの絶対的な価値が、これまで以上に高まっていると肌で感じています 。 私たちが日々手がけている高級時計の複雑な組み立てや、ミクロレベルでの極限の調整技術は、現状のAIには到底真似できるものではありません 。数値データとしては表せない「感覚」や「美意識」、そして愛用の道具から伝わってくる微細な情報を瞬時に統合し、最適解を判断する力 。これは、人間にしか踏み込めない神聖な領域です 。 

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エプソンという会社には、「省・小・精」という、あらゆる無駄を省き、より小さく、より精巧にという技術の深いDNAが脈々と流れています 。かつてクオーツショックによって世界の時計産業のあり方を根本から変えた歴史を持つ会社ですが、その根底に常に流れているのは、やはり「ものづくり」に対する真摯で泥臭い姿勢です 。どれだけ電子化や効率化が進む時代であっても、人が人を育て、手から手へ技が継承されていくことの重要性は、決して変わることはありません 。 高度な技能の伝承には、途方もない長い時間と莫大なコストがかかります 。それでも、50年後、100年後の未来を見据えて、人を育て続けようとする会社の揺るぎない意思を、私は一人の指導員としてしっかりと受け継いでいきたいと決意しています 。

「ものづくりを楽しむ心」を忘れないでほしい

これからの未来を担っていく若い世代の人たちには、何よりもまず「ものづくりを楽しむ心」を忘れないでほしいと伝えています 。仕事として取り組む以上、逃げ出したくなるような辛いことも当然あります 。しかし、その高い壁を乗り越えた先には、自分の手が世界最高峰の精度の製品を生み出しているという、圧倒的な喜びが待っています 。その喜びを全身で感じながら、全力で楽しみ、果敢に挑戦してほしいのです 。 私自身も、まだ33歳という年齢です 。指導する立場には立たせてもらっていますが、技能者としてはまだまだ終わりのない学びの途中にいます 。職場を離れれば、休日は2歳になる息子と無邪気に遊ぶ時間が今の私にとって一番のリフレッシュになっています 。かつて打ち込んでいたバレーボールも、息子が大きくなったら一緒にできたらいいなと夢見ています 。しかし、ひとたび職場に戻れば、一人の誇り高き技能者として、そして次世代を担う指導者として、日本の時計文化とものづくりの輝かしい未来のために、これからも生涯をかけて技を磨き続けていきたいと強く思っています 。

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中野 祐希 (なかの・ゆうき)氏 
2010年、セイコーエプソン株式会社に入社 。2012年の技能五輪全国大会(長野大会)にて復活した「時計修理」職種に長野県代表として出場 。その後、同社の高級時計の組立・調整を専門に行う「匠工房」に配属され、約10年間にわたりハイエンド製品の製造に第一線で従事する 。現在は技能五輪選手の専任指導員として後進の育成に尽力するほか、小中学生向けの組み立て体験教室などを通じて、地域社会へのものづくりの魅力発信にも精力的に取り組んでいる 。

セイコーエプソン株式会社

本社|長野県諏訪市大和3-3-5

https://www.epson.jp/

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