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日本を代表する伝統工芸のひとつ「漆工芸」。漆の樹液の優れた性質である塗装や接着性を生かした工芸技術で、伝統に裏打ちされた漆塗りの技法をもとに、職人の経験やノウハウで仕上げる「漆器(しっき)」は古くから人々に親しまれてきました。その技術には先人たちの多くの知恵が生かされていて、基本を身に付けるだけでも長年の修業が必要。さらに、美的センスや繊細さも求められます。

漆器とは?

漆の木から取れる乳白色の樹液が、漆の元になります。この樹液の塗装や接着性の性質を生かし、実用的で装飾性にも優れた器具や道具などを「漆器」といいます。漆塗りの技術は東アジア独特のもので、日本では縄文時代にはすでに漆器が存在していたそうです。奈良時代には蒔絵(まきえ)のもととなる技術が誕生し、さらに平安時代には日本独自の技法が発達しました。安土桃山時代には欧風のモチーフを扱う作品も作られるようになり、海外への輸出も開始。江戸時代には全国で広く漆器が生産されるようになりました。ヨーロッパでは陶器が「china」と呼ばれるのに対し、漆器は「japan」と呼ばれていることから、漆器が日本を代表する工芸品であることがわかります。
日本で使われている漆の樹液は、古来から中国から輸入されたもので、この樹液をろ過し、木の皮などの取り除いたものは「生漆(きうるし)」と呼ばれます。これが一般的な漆の元になります。
漆は天然ものなので、採取した国や産地、年代や時期によって成分が異なり、粘度や乾きの早さなどが違ってきます。それらの性質を把握し、異なる漆を組み合わせるなどして、使用目的にあった適当な漆を作り出すことが漆を扱うノウハウとなります。
また、漆に関わる職人は数多くいて、漆を塗る職人「塗師(ぬし)」のほかに、掻子(かきこ:漆液を掻きとって採取する職人)や木地師(木地作りの職人)、下地師といった職人がいます。さらにこれらの職人が使う道具を制作する職人もいます。しかしながら、こうした漆に関わる職人の方たちは今ではかなり少なくなっています。

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漆の木から出てくる乳白色の樹液をろ過し、木の皮などのゴミを取り除いた漆の元「生漆(きうるし)」。漆は産地によって性質が異なるので、いくつかの産地の生漆をブレンドして塗料にします。

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生漆の色は外気に当たると酸化し、乳白色から茶色、こげ茶色と色が濃くなります。塗料にするためには、生漆に含まれる27~28%ほどの水分を5~8%にまで減らす「くろめ」という精製作業をします。この際、鉄分を加えると黒漆ができ、加えないと透明な漆ができます。この透明な漆に顔料を加えると、赤をはじめとした色付きの塗料ができます。

漆塗りの工程(上塗り)

漆器の制作は分業制で、木地師が作った木の器や皿などの木地に漆を塗って完成させるのが塗師の仕事です。漆塗りが完成するまでには、実に多くの工程があります。今回は漆塗りの最後の工程、上塗りの作業を紹介します。

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木地師が作った木の器などに塗師が漆を塗り、漆器を仕上げていきます。

1. 透漉し(とうごし)

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漉し紙で漆の塗料を包み、ゴミ等を漉して漆の粒子を細かくします。透漉しを2回以上くり返すと漆は滑らかになります。

2. 刷毛の洗浄

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塗り漆を使って刷毛を洗います。この作業でしっかりと刷毛の中のゴミを洗い出します。使用する刷毛は、塗るものの形状や深さによって使い分けます。

3. 上塗り

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下塗り、中塗り工程を経て、最後の塗りの工程「上塗り」をします。一切のホコリやゴミがつかないように細心の注意を払って塗り上げます。刷毛が動くスピードで塗りの厚みがわかります。

5. (ふしあげ)

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上塗りが終わったら、クジャクの羽軸の先を使って塗面に付着しているホコリ(節)を1つずつ丹念に拾い上げます。地道で難しい作業です。

6. 乾燥

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漆は空気中の温度や水分によって酸素を活性化させながら乾きます。そのためには、気温24℃、湿度85%という環境が適しているため、密閉できる棚のような「漆風呂」あるいは「室(もろ)」と呼ばれる漆用の乾燥室を使い、数分から数十分ごとにひっくり返してゆっくりと乾かします。

動画でも上塗りの様子をご覧いただけます

漆塗りの道具

漆職人たちの仕事は、自分に合った道具作りから始まるといっても過言ではありません。それほど漆職人にとって道具の重要性は高いのです。

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1 透漉し器

透漉しに使われる、漆を絞る道具。この道具は漆塗りの必需品で、それぞれの職人が手作りで作っています。

2 刷毛

塗る器の大きさや用途に合わせて使い分ける刷毛。ゆっくりと油を抜いた人間の髪の毛が使われていて、少しずつ毛先を切り出して使用します。この刷毛を作る「刷毛師」は、今では日本に2人しかいません。

3 ヘラ

木地の欠損部やろくろの爪あと、箱物の結合部分の補修をしたり、漆を練ったり配ったりするヘラ。先の形やしなりが大切で、それぞれの職人が自分で削って作っています。

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ヘラが傷んだら、塗師刀で薄く削り形を整えます。塗師刀をよく研いで切れ味よくしておくことは毎日の日課です。

4 塗師刀(ぬしとう)

ヘラが傷んだ時に削って直したり、磨り減った漆刷毛を切り出す時に使う小刀サイズの道具(漆包丁)です。職人にとっての塗師刀は、研いで短くなるまで使う一生ものです。

設備も重要です

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漆は塗るよりも乾燥のほうが難しいとされます。湿度、温度、時間が大きく影響し、漆の命である艶や均一さなどの品質は乾燥によって左右されます。漆の乾燥用の「漆風呂(室)」は気温や湿度が調整されていて、この中で漆が一方に片寄ってムラにならないよう回転させながら乾燥させます。

漆塗りの工程(上塗り)

長い歴史の中で、漆器の塗り方にはさまざまな技法が生まれました。産地によっても、それぞれ独特の技法が発展しています。その一部を紹介します。

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木曽堆朱(きそついしゅ)

「木曽変わり塗り」ともよばれる、木曽漆器の代表的な技法です。代表的なものに、座卓やお盆、茶托などがあります。いろいろな色の漆を幾重にも塗りこんだ、手間のかかる丈夫な塗りです。

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木曽春慶(きそしゅんけい)

自然乾燥された原木を柾目に裂いたヘギ板で木地をつくり、薄紅色の彩漆で色づけした後、生漆を何度も摺り込みます。最後に透明度の高い春慶漆を塗って仕上げます。木地がもつ柾目の美しさが際立つ技法です。

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摺漆(すりうるし)

木地を十分に磨き上げたあと目止めをし、木肌が透けて見える程度に数回生漆を塗っては拭くのを繰り返して仕上げます。下地塗りが省かれるため、木目が持つ素朴で温かな味わいが伝わってくる技法です。

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蒔絵(まきえ)

漆器の表面に漆で絵や文様、文字などを描き、それが乾かないうちに金や銀などの金属粉を「蒔く」ことで器面に定着させる技法。漆器の代表的加飾技法のひとつです。漆器に描かれる蒔絵は、背景となる漆の色と蒔絵のデザインの組み合わせ次第で、ずいぶんイメージが変わります。

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溜塗(ためぬり)

中塗りに朱漆や黄漆などの鮮やかな漆が塗られ、上塗に透明な漆を塗りっぱなしにして仕上げたもの。お椀の渕や重箱の角など塗りの厚みが薄くなる部分は、周囲に比べて下地に使う色が浮き出るように見えるため、溜塗らしい美しい透明感が感じられます。

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曲物(まげもの)

木曽ヒノキの柾目板を適当な厚さにミカン割りし、加工しやすくするために熱湯で煮て、木地をやわらかくしてから円形や楕円形に曲げ、山桜(カンバ)の樹皮で縫い合わせます。最後に底板をはめこんでから漆を塗って仕上げます。

取材協力
春野屋漆器工房 小林広幸さん

木曽漆器の一大産地である塩尻市(旧楢川村)平沢に生まれ、大学では法学を学び、卒業後は父が経営する春野屋漆器工房に就職。2004年に伝統工芸士に認定され、現在は全国各地で個展を開催しています。また、20年以上前から、漆塗り技術を建築に生かすなど、素材との相性やその塗り方、技法によって、日本伝統の漆塗りを現代の暮らしにうまく取り込む試みもしています。

春野屋漆器工房

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