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長年ものづくりの世界に携わってきた名匠に、
ものづくりの魅力やこだわりを語っていただくスペシャルインタビュー。
第1弾は“楽都”松本でバイオリン製作を行っているバイオリン製作者・井筒信一さんです。
井筒さんの作ったバイオリンは世界の一流演奏者に選ばれるほどの名器として知られています。
そんな井筒さんの工房「弦楽器いづつ」は、松本のはずれ、なだらかな丘が連なる
のどかで緑豊かな中山地区にひっそりとたたずんでいます。

バイオリン製作一筋60年

私は松本市内、今の開智小学校のあるあたりで生まれて育ちました。当時はそのあたりにはいろいろな職人さんが住んでいたんですが、私の父も、お盆や茶托などを作る木工ろくろ職人だったんです。
小さいころから木工にはなじみがあったし、小学校でも得意な科目といえば音楽、図工、理科だったので、小さいときから自分もいつかは父の跡を継いで木工職人になるんだろうとは思ってはいました。

でも、学生のときに友人がバイオリンを弾いているのを見て、バイオリンが好きになったんです。当時の松本にはバイオリン演奏家で教育家としても名高い鈴木鎮一先生がいらっしゃって、鈴木先生に勧められて19歳のときにバイオリン職人になりました。今80歳ですから、バイオリン製作一筋60年になりますね。

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木の香りに満ちた工房で、丸太からひいた板がバイオリンへと姿を変えていきます

なんでそうやっているんだろう?

バイオリン製作の道に入ったといっても、それまで木工の修業をしてきたわけではないで最初は不安もありました。でも、わりとすぐにコツがつかめたので仕事をまかされるようになったのも早かったんです。というのも、父が私にものづくりの基本を教えてくれていたことが役に立ったからなんです。

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やわらかなカーブに美しい木目。一つひとつの精巧な部品が井筒さんの手作業で作られています

私が小学生のころのある日、父は仕事をしているところに私を呼んで「今やっていることをしっかり見ていろ」と言ったんです。それが3日間続いたあと、今度は「じゃあやってみろ」と。それでその作業をやってみても上手くいかないわけです。すると父は言いました。「なんで私がそうやっているのか考えながら見ていないからだ」と。
のみの持ち方はなんでこうなんだろう、木を支えるのはどうしてその場所なんだろう、その姿勢にはどんな意味があるんだろう。そういう風に考えながら見ないと作業の意味は理解できないし、ましてやできるようにはならないものです。父はそれを教えてくれたんです。
バイオリン製作の世界に入ったときも、先生はなんでそうやっているんだろうと考えながら見ていました。だから上達が早かったんですよ。「なんでそうやっているのか考えながら見る」。これがものづくりを学ぶ基本なのではないでしょうか。

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すべての木には活かし方がある

弦楽器いづつのバイオリンは、北海道産の材木、主にアカエゾマツやカエデを使っています。製作開始当時はヨーロッパ産の木材で作るのが当たり前という時代でしたが、国内でもバイオリンに適した良質な木材が採れるとわかり、それならと国産にこだわるようになりました。
材木は丸太の状態などから仕入れ、板にして自然乾燥させてから使います。長いものでは30年以上乾燥させているものもあるんですよ。これは、木材が乾燥しきっていないとバイオリンに経年変化でゆがみができてしまうのを防ぐためです。最近は機械を使って強制的に乾燥させた木材を使っているバイオリンもありますが、木材の細胞が壊れてしまうので、強度的にも音的にも十分とはいえないと思います。
人は皆、環境がそれぞれ違い、活躍できる場面もそれぞれ違うように、木も、たとえそれが最高の素材ではなくても使い方によっては活かす方法があるんです。木は自然のものですから、そうやってすこしでも活かしてあげたいんです。そういう機会が訪れるまで、ここでじっくり寝かせて、自然乾燥させているんです。

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表板の「f」字型の穴は装飾ではなく、内部で共鳴させた音を伝える重要な役割があります

最終的には自分の耳で判断します

バイオリン胴部の表板と裏板、ここの曲線と厚みの微妙な差で音色が決まります。もちろん、ゲージなどを使って正確に計測してそのとおりにつくる方法もありますし、そのような方法なら学校で教わることもできるでしょう。でも、私は最終的にはタッピング(指先で軽く叩くこと)して、自分の耳で判断して調整しています。木は自然のものなのでそれぞれ違います。木が違えば音の響き方も違ってくるでしょう。バイオリンの音色を決めるのは、数値だけでは測れないそういう領域なんだと思っています。

バイオリンの表板、裏板と側板はにかわを使って接着します。これも、最近では接着剤を使ったものが増えていますが、それだとなにか不具合が生じたときに分解して修理することができません。バイオリンは長く使っていくほどよくなっていく楽器なので、そういうところで手を抜くわけにはいかないんです。

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さまざまな種類のかんなを使い分け、理想のフォルムを削りだします。このかんなも井筒さんの手づくりです

教室では「教えすぎないように」

ここでは、バイオリン製作の教室も開いているんです。今は小学校6年生から仕事をリタイアした年配の方まで、幅広い年代の生徒が通っています。月に2回の授業でだいたい1年半くらいで完成します。
道具は私が使っているのと同じもの、材料も同じものを使って製作します。道具はいいものを使ってもらっているけど、実はそんなに指導はしないんです。先生と同じことをやっても、それでは真似ごとにしかならない。教えすぎてしまうと、せっかく自分で作っているのに個性がなくなってしまいます。ものづくりの面白さは、自分で考え、自分自身のこだわりを大切にしながら作っていくところにあるのだと思っています。

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ものづくりの未来のために

かんなの刃の部分は新潟の職人さんにお願いして作ってもらっているものだし、のこぎりの目立て(歯の角度を整えて切れるようにすること)は市内の職人さんに頼んでいます。やはりいいものをつくるにはいい道具が不可欠です。今は近くでいろいろな道具が手ごろな値段で手に入りますが、使ってみるとやっぱりダメなんですよ。
本物の道具をつくる職人さんがいなくなってしまうと、日本のものづくりの未来は厳しいでしょうね。職人の方でも、弟子を育てたくても育てるだけの経営的な余裕がないところの方が多いですから、例えば、行政が金銭的なサポートをするというような、ものづくりの後継者を育てるシステムづくりが大切なのではないでしょうか。
私は自分の経験を伝えることしかできませんが、それによってものづくりに興味を持ってくれる若者が少しでも増えてくれればと思っています。だって、ものをつくるのって本当に楽しいんですよ。もちろん苦労も苦しかったこともありましたが、自分の好きなものづくりをやって暮らしていけるのって、幸せなことだと思います。

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井筒信一(いづつ しんいち)
1936年、長野県松本市生まれ。バイオリン製作工房「弦楽器いづつ」にてバイオリンの製作、修理のほか、音楽教室やバイオリン製作教室を主宰。多くの演奏家から支持されるバイオリン製作の第一人者。

弦楽器いづつ

〒390-0823 長野県松本市中山3729
0263-58-6712

手工バイオリン、ビオラなどの製作、修理、調整。製作教室、音楽ホール。

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