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上田紬は大島紬や結城紬とならんで日本三大紬の一つに数えられる伝統工芸です。 長野県上田市において、四百年も前から伝えられてきた上田紬の伝統的な織り方を守りながらも、新しい工夫を加えてより上田紬らしさを醸し出そうとしているのが小岩井紬工房です。信州上田の旧北国街道沿いで紬づくりを続ける工房代表の小岩井良馬さんにお話を伺いました。

繭の大産地で生まれた上田紬

ここ上田の地に紬づくりが根付いた背景に養蚕・蚕種製造で全国に名をとどろかせた上田の歴史と風土があります。当家もその昔は蚕種(蚕の卵)製造を生業とし、養蚕もしていました。そんな中祖母が紬づくりをはじめ、それが家業となり私は当工房の三代目ということになりますね。

私は大学卒業後ドイツで仕事を見つけ海を渡りました。海外生活を続けながら外から日本を見ると、今まで見えていなかったものに気が付いてきました。それは伝統工芸のなかに宿る日本文化です。子供のころ、自宅の工房に遊びに行ってはいたものの、それが自分の仕事となるとは夢にも思っていませんでしたが、日本に戻って家業を継ぐ決心をしました。

この工房で修業を積み、伝統工芸士の認定もいただいてはおりますが、この仕事は単純なようで奥が深くまだまだ修練が必要と感じています。

紬は真綿をつむいで作られた紬糸を織って作られる絹織物です。真綿とは絹糸を引き出すことができないくず繭を活用して作られたもので、そこから糸を作るには手作業でつむぐしかありません。繭から直接引き出された生糸に比べて必然的に太さは不均一となり、その糸で織られた紬はところどころに節があってふんわりとした温かみのある風合いになります。

昔はこの工房でも真綿から糸をつむいでいたのですが、今は糸を仕入れてそれを染めるところからやっています。当工房での工程は大きく「染め」「下ごしらえ」「織り」の三つに分けることができて、それぞれに伝えられてきた技術があります。

私たちは「作家」ではなく「職人」ですから、上田紬の定義に沿った技術を守りながら、その範囲内で創意工夫を加えながら紬を制作しているのです。上田紬の特徴は「縞・格子柄」と「丈夫さ」にあります。その特徴を守りながら後世に伝えていくために当工房では「手織り」にこだわり、一枚一枚じっくりと時間をかけて上田紬の制作を続けています。

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あたたかみのある上田紬独特の風合いは受け継がれてきた手作業から生まれます

りんご染めで表現する信州らしさ、上田紬らしさ

私たちの工程の一番最初は「染め」です。糸を染める染料は、化学染料も使いますが早くから植物染料を使った草木染も手がけていました。そして、信州らしさ上田紬らしさを追求するうちにりんごの樹皮を使ったりんご染めにたどり着き、現在では草木染はりんご染めだけに絞っています。りんご染めの色合いはりんごの実と同じ淡い黄色で、ほんのりと暖かみを感じるホッとする色になります。そしてなんと品種によって色が違うんですよね、不思議です。

長野県らしさといえば長野県で誕生したオリジナル品種「りんご三兄弟※」が今直売所などで人気です。「りんご三兄弟」とはシナノスイート、秋映、シナノゴールドの3つの品種を総称したニックネームで、これをもとにして糸を染めるととても良い色が出て、やはり少しずつ色合いが違うのです。信州らしさを出すために、この3品種によるりんご染は特に力をいれています。上田市はりんごの産地でもあるので、樹皮は工房近くの農家から譲り受けているんです。
(※「りんご三兄弟」はJA全農長野の登録商標です)

化学染料と植物染料の違いは染めてみないとわからないこと。化学染料はデザインによって決められた染料を決められた手順に沿って染めれば計算通りの色が出ますが、草木染はそうはいきません。染めあがった糸の色合いを見た上でデザインをすることになり、その不確定さがかえって人を引き付ける要素になっているのではないでしょうか。

染めの工程はとにかくむらが出ないようにすることです。例えば植物染料の場合、樹皮を煮て冷ましてから糸を入れるのですが、この時の温度をちゃんと意識していないとそれだけでむらが出でしまいます。
染めたら一度焙煎液につけもう1度染めます。そして最後にのりをはって染の工程は終わります。植物染料の場合は少量だけ染めるということがしづらいので、一日かけて一定量の糸を染め上げてしまいます。

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りんごの樹皮で染めた糸。草木染めらしい自然でやさしい色合いが魅力

たて糸とよこ糸が織りなす美しさ

台にたて糸を張って織りの準備をすることを私たちは「下ごしらえ」と呼んでいます。準備と言ってもこれでデザインの半分は決まってしまうので大切な工程です。デザインによっては丸一日かかることもあるんです。

ちなみに上田紬の場合、たて糸には繭から引き出した絹糸を使い、よこ糸に紬糸を使います。ですからこの工程で台に張るのは太さが均一な絹糸です。もっともあえてたて糸に何本かの紬を混ぜて使うこともあります。

出来上がる商品によって全体の幅や長さは当然違いますし、糸と糸の間隔も違います。織り上がりをちゃんとイメージできていることが大切ですね。

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紬の地色になる経糸。機織り機に丁寧に巻かれています

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杼(ひ)を使って、経糸に多色の縞のよこ糸を通していきます

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緻密な「下ごしらえ」で織りあがっていく紬

ぶれのない技量と集中力が伝統技術を守る

最終工程の「織り」は少なくとも10日以上、長い時は数カ月に及び、その間集中力を切らすことができません。1反13mの反物が織上がるまで、途中で失敗があればそれまでの工程が全て台無しになってしまうからです。

見てのとおり足を交互に動かしながらたて糸の間によこ糸を通していくだけの単調な作業ですから一見して特殊な技術ではありません。でも熟練した職人になると動きに無駄がなく、早いだけではなく失敗につながらないのです。

上田紬の特徴の“丈夫さ”は主にこの工程で決まります。たて糸とよこ糸のきめが細かく、よこ糸がしっかり打ち込まれているのです。よこ糸をしっかり打ち込むといっても力加減が一定でないと“織りむら”ができてしまったり“織り段”になってしまったりします。

また、当工房では反物の重さに基準を設けてあり、その重さになるように織り上げていきます。反物は最終的に着物になることを考えると、強度や手触りを意識しないといけないからです。軽すぎると強度不足で部分的に割れやすくなるし、反対に重い反物はゴワゴワとした肌触りの悪いものになってしまいます。

この工房では一貫して「手織り」にこだわってきました。織り機も明治時代に作られた木製のものを直しながら今でも使っています。機械織は織上がるスピードが速いのですが肌になじむ繊細な仕上がりがどうしても出ないので、これからも手織りにこだわっていきたいと思っています。伝統的な織り方で、織上がるまでの長い期間にわたって力加減や技量を乱さず一定に保ち続けること自体が職人の技術といえるかもしれません。

現在養蚕業はほとんど消滅してしまいましたが、もともと上田地域は全国有数の蚕種製造・養蚕の盛んな土地でした。いつの日かここに養蚕業が復活し、繭から糸を紡ぐことも含め、全ての行程がこの地域で完結する形で上田紬が作られるようになったら素晴らしいと考えるようになりました。その時まで、私たちなりに伝統技術を守っていこうと思っています。

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小岩井良馬
1975年長野県上田市生まれ。大学卒業後ドイツに渡り日本食レストランで働き、その後帰国して家業である上田紬の織元の仕事に従事。小岩井紬工房三代目代表。伝統工芸士。

小岩井紬工房

〒386-0042 長野県上田市上塩尻40

上田紬の制作
着物・小物の販売

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